圓通寺仁王門落慶法要、晋山式

2014年05月03日 23:12

今日は圓通寺仁王門落慶法要と晋山式に出仕させていただきました。7時過ぎにお寺を出て、圓通寺さんに向かいましたが、もうすでに檀家総代さんたちが忙しくされておりました。

高野山真言宗で準別格本山の寺格を誇る寶壽山尊光院圓通寺さんは、お大師様によって建立されたと伝えられてます。美作八十八ヶ所事務局によると、「西高野」または「美作国二ノ宮高野神社奥之院」と称せられたものの、鎌倉時代の戦火により全焼されたそうです。津山藩に森氏入封の後、代々津山藩主の帰依を篤く受け寺領百石を寄進されています。ちなにみ金剛頂寺は津山藩主より五十石の寺領を認められていました。その後、再度焼失したものの再建され、本堂の棟木に「寛延四年(一七五一)秀範七十二才これを建つ」の文字が見られ、現在の建物は二百四十数年の歴史を有し、寺宝・文化財は数十点にもなります。文字通り美作屈指の名刹です。ご本尊の千手千限菩薩様の開扉は50年に一度なので、次は20年後です・・・(゚Д゚;)。伝統ある法灯を受け継ぐ大切な「晴れの法会」には大勢の檀信徒の皆さんが参列され、ご出仕いただいたお寺さんも20ヶ寺を超える大法会となりました。下足番(草履を片付ける役)は大変です(゚Д゚;)。

私は丞治を受けていましたが、檀信徒役員の皆さんと一緒にお手伝いをさせていただきました。一通三下(時を知らせる半鐘の鳴らし方)の鐘を聞いて私は各所の点香。まぁ下足番をしたり記録として写真を撮ったりとウロウロしただけですが・・・。快晴の中、滞りなく法会は進み、予定通りに了となりました。

ご老僧も終始にこやかに、お母様も嬉しそうにされており、晋山された新住職さんも誇らしげで、何より檀信徒の皆さんが喜んでおられた、とても良い法会でした。丞仕をさせていただいた私としては反省点がいくつかあります。もっと気を利かさなければならないのになぁ・・・。反省・・・。

集会所の様子。奥が上臈(上席)。

どの草履がどなたのか、役員さんも大変です(゚Д゚;)

丞仕の衣帯は黒衣です。集会所の縁で控えます。

集会所でご法楽を上げさせていただきます。

檀家さんのご詠歌が流れる中、会奉行さんに導かれて仁王門へ向かいます。

五色の幕がそよぐ仁王門。新緑と相まって美しい・・・(*´▽`*)

落慶法要の後、お礼を述べられる圓通寺ご住職様。

落慶後は仁王門をくぐり晋山式へ。

客殿では奉納舞踊に多くの檀信徒さんが見とれていました。

現住職様の作法の後・・・

新住職様へ柄香炉の相伝がなされ、名刹の法灯が引き継がれました!

新住職様による大般若転読。これを機に識衆の方々の転読が始まります。

新住職様の慶讃文披露。

大般若転読法会も滞りなく進みました。緑が気持ち良いなぁ(*´▽`*)

美作宗務副支所長の極楽寺ご住職様から、高野山真言宗松長有慶管長猊下による圓通寺住職の任命書が伝達されました。

新住職様の弘純僧正。しっかりとした口調で新任のご挨拶をなされました。新住職のお人柄を表すように、各地よりご寺院さんがご出仕されました。大分県屈指の名刹神角寺さんもおいででした。

 

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